坊っちゃん団子

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愛媛県松山市の銘菓のひとつ、坊っちゃん団子。
夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中に、「大変うまいと云う評判だから、温泉に行った帰りがけに一寸食ってみた」と登場する。この小説のモチーフとなったのは、漱石が松山に赴任していた頃の実体験であるが、小説『坊っちゃん』の当時の団子は、湯ざらし団子で、赤餡と白餡の団子を三つ串に刺したもので、伊佐庭如矢町長の発案で、道後温泉本館の東方の丘上で振鷺園と称した庭園内で風詠館と名づけた茶店を経営し売っていたという。「一串5銭で非常にうまい」というので、松山辺りからも食べに出かけていたという。
「坊っちゃん団子」と呼ばれるようになったのは、昭和に入ってからという。
今ではかなり多くの会社が、互いに酷似した商品を製造しています。
『だんご3兄弟』がヒットした当時、まさに色の違う三兄弟である坊っちゃん団子も大いに売れたという。

だんご好きなんでこれは一度食したいですね。

一六タルト

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全国のお土産ベスト30にも選ばれたゆずの香りがふんわり漂う一六タルト。

カステラ生地に、四国特産の生柚子香りと白双糖(氷砂糖)のまろやかな甘さの餡を
巻いた棹物です。
一六タルトの由来は、久松家初代藩主、松平定行公が、長崎から伝えたといわれています。

ゆずだけに評判は賛否両論あるが、一度は食べてみたい。


母恵夢

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愛媛出身者が口を揃えて進めるお菓子、母恵夢。
確かに美味い!!

しっとり、ほっくり。
甘いので一個が限界だけどベビー母恵夢なら二個いけます。

薄墨羊羹

その名は伊予節にもうたわれた「薄墨桜」にちなむもの。
薄墨桜は、大楽山東光院西法寺の縁起によると、
ある皇后が道後温泉に湯治に来られた際に、
勅命によって西方寺(西法寺は16世紀頃まで西方寺と称した)で祈祷を行ったところ、
快癒したので、勅使が来られ薄墨の綸旨に桜を添えて下賜された。
このほか、勅命により一山上げて祈祷したところ平癒されたので綸旨を賜ったとするもの、
平安時代に藤原良房の死後、荼毘に付したときの煙に触れて桜の色が薄墨色になったとするものなど、いくつかの説がある。

奥深いのう・・。

愛媛の鯛めし

鯛めしは愛媛県の郷土料理の一つである。
一尾丸ごと焼いた鯛を、醤油や塩で味付けした半炊き状態の炊き込みご飯の上に載せ、
さらに加熱して完成させる。通常土鍋で提供されるもの 。
今治などの東予や中予地方の松山・北条等で食べられる。
同類として鯛麺、鯛そうめんがある。
最後はまぜまぜして食べる!うまいよねーー。

ポンジュース

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ポンジュースとは1952年(昭和27年)に当時の愛媛県知事・久松定武が日本一(ニッポンイチ)のジュースになるようにという意味でつけたもの。
ただし、愛媛(特に中予地方)の方言で「ポン」は別に「くだらないもの」、
「糞」という意味もあり、発売当時は「糞のジュースか?」と揶揄されたこともある(その後当時のことが愛媛新聞でも記事となった)。
また、POMというつづりからPower Of Mikanの頭文字からとったというデマも若者の間では広まっている。

いよかん

イヨカン(伊予柑、別名:穴門みかん (あなとみかん) )は、柑橘類の一種。
日本で生産される柑橘類では、ウンシュウミカンに次ぐ生産量の果物である。
明治時代に山口県阿武郡東分村(現:萩市)で発見されたのが最初とされる。
現在では主に愛媛県で生産されている。
名前は育ちの地である伊予国(愛媛県の旧令制国名)にちなんでつけられた。

なもし

夏目漱石の小説『坊っちゃん』などの影響で語尾の「なもし」が有名。
「知っとるぞなもし」のように使う。
しかし、これは松山の方言であり、東予地方や南予地方では使われない。
しかも現在は松山でも一般には使われることはない。
一部年配者が使う「~ぞな」にかろうじて形跡を感じることができるくらいである。
一般的には伊予弁という言葉を使うが、地域によって多少違ってくる。
アクセントとしては東予・中予は京阪式アクセント・南予は東京式アクセントである。
また大洲地域においては崩壊アクセントである。語彙・表現では東予東部は讃岐弁、
東予西部は広島弁、中予は関西弁、南予は幡多弁との関係がうかがえますよ。なもし。

道後温泉

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道後温泉(どうごおんせん)は四国・愛媛県松山市(旧国伊予国)に湧出する温泉である。
日本三古湯の一といわれる。

その存在は古代から知られる。古名を「にきたつ」(煮える湯の津の意)といい、
万葉集巻一に見える。なおかつてはこの周辺が温泉郡(湯郡)と呼ばれていたが、
これはこの温泉にちなむ地名である。
伊予国(いよのくに)という名前も湯国(ゆのくに)が転じたものという説がある。

夏目漱石の小説『坊つちやん』(1905年)にも描かれ、愛媛県の代表的な観光地となっている

松山城

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1602年に、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に水軍の将であった加藤嘉明が築城を開始した広大な平山城であり、城山公園全体は国の史跡で、建造物21棟は国の重要文化財に指定されている。黒船来航の翌年にあたる1854年に、15万石の親藩松平家により本壇の天守群が再建されたため、代表紋章は葵の御紋。城山の樹叢(樹林)は、県指定天然記念物。登城客の利便のため、城山索道が設置されている。貴重な現存12天守の一つで、日本100名城、美しい日本の歴史的風土100選(道後温泉と共に)、日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選などの指定も受け、標高150mの松山城天守からの眺望も素晴らしく、松山市のランドマークであるとともに愛媛県を代表する観光名所ですよね。